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しとしとと、降り注ぐ雨をオラクルは見ていた。
まるで窓から外を眺めるような視線だが、雨を降らせているのは部屋のうちだ。
蒼く淡い照明。僅かに氷の味の混じる空気。まるで水面を叩いているかのように絨緞の上に波紋が広がる。
スクリーンを制限せず既成のプライベートルーム内のCGと重ねただけのその雨は、何処を濡らす事もせず、ただ優しい雨音をオラクルに届けている。
特別に大きくしつらえたベッドに腹ばいになり、胸の下にクッションを敷いて肘を付いた姿勢は、どうあっても利用者には見せられない寛ぎ様だ(尤も、同じベッドに長い脚を投げ出し、壁を背凭れに本のページを捲るオラトリオの姿も大差ないが)。
まるで子供がするような仕草で、オラクルの素足がはたりはたりと揺れる。誘うような緩慢さで行き来する白い踝が気になって、オラトリオは時折目線をあげた。
一体何がそれほど楽しいのか。
問いかけたいが、雨に合わせて冷やされた空気に傍らの温もりは殊更心地よく、まぁいいかとまたオラトリオは視線を落とした。何をするでもない、ただ共に過ごすだけの時間が、彼らはあまり嫌いではない。言葉もなく沈黙の中に沈み込む。あるいは単純な浪費であるのかもしれないその時間は、それでも無為ではないのだろう。
幾度目かにオラトリオが視線を上げたとき、ふいにオラクルがぽつりと云った。
「…綺麗だねぇ」
吐息まじりの感嘆の声。
「気に入ったのか?」
問いかけると、無言のままオラクルの頭がこっくりと頷いた。髪に流れる雑音はただ穏やかで、髪の間からほんの少し覗くだけの横顔からは表情は分からない。けれど、まるでそこに物語でもあるかのような熱心さでオラクルはまだ雨を見ている。
「王冠みたいなんだ」
云ってオラクルは身を起こす。

雨の中へと細い腕を伸ばし、上向けた掌を振って円を描く。
その白い軌跡を追って、中空に薄く銀盤が張る。
絶え間なく降りしきる雨粒が、ひとつ、ふたつとそこへ落ちた。
盤へとぶつかった水滴が砕ける、その、一瞬。
銀盤がその衝撃のために小さく波打つ。
ぶつかったその場所を中心により細かくなって飛び散る雨粒。

成る程、それはまるで銀細工で出来た王冠の様に見える。
伸ばされたままのオラクルの手が、もう一度振られる。
より中心近くに落ちたひとつが、いっぱいに水滴を広げたその形のまま停止する。
空いたほうの手でオラクルが銀盤を弾くと、金属の弦を爪弾いたような音を立てて銀盤は砕けた。オラクルの掌に、王冠が落ちる。
「ほら」
振り向いて彼が笑う。綺麗だな、と云ってやると、そうだろうと返す声音に満足そうな響きが宿る。
笑ったまま、オラクルが両手で王冠を捧げ持つ。
動かずにいたら、いつものトルコ帽の変わりに銀色のそれを載せられた。
「似合うね」
云われながら、どちらかといえばこういった繊細な印象のものはオラクルに似合うのではないかとオラトリオは思った。
当のオラクルは、顎の辺りに手を当てて吟味するような顔だ。
首を傾げて、眉が一瞬寄せられたかと思うと、またぱっと晴れやかに笑った。
「似合うけど…うん、やっぱりいつもの帽子が一番いいや」
笑いながらオラトリオの頭をひと撫でする。
云うだけ云って一人で納得すると、オラクルはまた視線を雨の方に戻した。
何事もなかったかのように、髪の上から冠の僅かな重みは消えている。
ひらひらと、白い踝が揺れる。
クッションに懐いて、ご機嫌に鼻唄なんぞを唄いだしている。
オラトリオは、再び読みかけのページに視線を落とした。









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「雨に唄えば」その2。雨大好きなオラクルさん。