back






<ORACLE>の内に二人が揃い、しんとした時間が流れ始めてどれほどだろうか。
耳に馴染んだ沈黙。それに混じる細やかに再現された互いの衣擦れ。
なめらかに流れる演算。なめらかな思考。
滞ることのないそれらの懐かしくあたたかな気配。満たされた穏やかさ。
欠けるもののない真円のような安定/安寧。
傍らに積み上げたファイルを次々と片付けながら、オラトリオはそれらに満足する。

凪いだ湖面に小石を投げ込むように、静かな空間に波を呼んだのはオラクルだった。
つとオラクルが立ち上がる。ちらりと目線だけでその動きを追って、茶でも淹れるのだろうかとオラトリオは思った。けれど、オラクルはいつものように休憩しようと声をかけることはせず、話すのが億劫だとばかりに黙ったままオラトリオへと歩み寄る。居心地よくしつらえられたソファの隣にオラクルの身体が収まって、漸くオラトリオは何だろうかと仕事の手をとめた。
ぺしぺし、とオラトリオの肘の辺りをオラクルの手甲が叩く。
「…なんだよ」
「いいから」
いいからって何がだ…と思いながらも、何か付いているのかと素直にオラトリオが肘を上げると、するり、とオラクルがその隙間に頭を潜り込ませてきた。腕と膝の間に。そのまま雑音の髪を散らしてぽふ、と頭がオラトリオの膝に乗る。
「………はい?」
オラトリオの困惑は深い。
しかし、その奇妙に高さの上がった声を気にした様子もなく、くるりと仰向けになって見上げる体勢になったオラクルはまた
「いいから」
と言った。
どうにもこのまま仕事を続けろと言いたいらしい、と察する。察する、が、しかし。
「…オラクルさん〜?」
一体どうせよというのだ。
助けを求めるような如何にも情けない声が漏れるが、そのようなことに構っていられる場合でもない。勘弁してくれ、と口には出さずに心の中で呟いて、オラトリオは眦を下げた。
反対にオラクルは、妙に生真面目な、感情の薄い表情をしている。はたはたと長い睫毛が幾度か瞬いた。少し顎を持ち上げ薄く唇を開くと、何か不思議なものを見た人の表情のようにも見える。

「ぼく、しあわせうさぎ」

唐突に云われてオラトリオは戸惑う。さては何か見たな、と思うけれど、どうにも訳が分からない。誰か解説を、望むけれど、自分が出来ないことを余人が出来るとも思えなかった。結局のところ、彼の脈絡のない謎の行動はひとつひとつ自分が読み解いて理解してやるしかないのだ。
抑揚のあまりない声で、オラクルがさらに云う。
「しあわせさがしてさんじゅーびょー。この隙間に挟まってみたら幸せかなと思って」
30秒かよ、とオラトリオは心の中で突っ込みを入れた。口にしないのは賢明さゆえだ。この隙間とは自分の膝と腕の間のことだろうかと疑問をすり替えて、けれど頭痛を誤魔化せずに指先でこめかみを強く抑えた。そういえば無意識にしてしまう仕草だが、人間なら何かのツボでもありそうだがロボットの自分が(しかも電脳空間で)行なうことに果たして意味はあるのだろうかなどとつらつらと考える。すり替え、というよりもはやただの脱線だ。
「…あー……、幸せか?」
とりあえず聞いてみると、無表情のままオラクルは素直に頷いた。頭や髪が膝と擦れる感触がひどくくすぐったい。
そうかよかったなと云うと、応えるように、にっこりとオラクルが笑う。唇に満足そうな笑みを佩いたまま、すぅっと眼を閉じて、
「おい〜?」
眠ってしまった。
「おいおい…」
取り残されたような気がしてオラトリオは何となく寂しくなる。
さら、とオラクルの額に落ちた髪をかき上げてやって、
「疲れてるならそういやぁいいのに…」
ひっそりと笑った。








back



オラクルが猫っぽいお話を書きたかったのですがまさかうさぎが来るとは私も書くまで思いませんでした(真剣)。うちのオラクルは甘え上手か下手かというと、下手な方です。上手く甘えられないから、唐突だったり意図を汲み取るのが難しかったりする。特に電脳はそう。にーさんが甘えさせ上手なのですよ(大笑)。
それにしてもオラクル、また妙なアニメ見たなぁ…(苦笑)。エモ子と一緒に見て、「しあわせうさぎ」が二人の間で流行ってたりしたら可愛いよなぁと思います。ちなみにエモ子の餌食になるのは、もちろんコード兄様でゴーです(笑)。てゆーか余人が餌食の場合その人の命が危ない。