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がくん、と意識が落ちるのをオラクルは感じた。
ふいと自嘲の笑みが零れる。
これは――、嫌なことでも、あったかな?
自問しながら、どろどろと意識が崩れていくのを止められない。
オラクル自身が認識するよりも先に端から取り上げられていく何かを、今のオラクルは特に惜しいとは思わない。思考を洗う白い波に抗うには、少しばかり強さが…執着が足りない。
水が砂に吸い込まれるように<ORACLE>全体へと急激に意識が拡散していく。
(まあ、いい。別に)
業務に支障はない。むしろ、個に集中していた演算が振り分けられる分、普段無意識下で作動している機能が充実する。
有意識の状態でなければ対応できないこともままありはするが、ほとんどは単に効率の問題でしかない。つまり、どうしてもオラクルが必要であるケースは少ない。無論その場合には強制的に覚醒させられはするが。
一人であるならば、溶けてしまった方が、誰もいない図書館で自身や内装のCGを構築している分の演算も省ける。
(まぁ、いい。別に)
(いつか、必ず取り返してやるものだから)
失ったものがあるだけ意識の底に記銘する。
来訪者があった場合に最低限の対応できるように設定だけして、オラクルは意識を閉じた。







縦横に空間を切り裂くグリッドの間を、鮮やかな紫電が奔る。
アイボリーのコートの裾を捌いて、オラトリオは<ORACLE>のホールに降り立った。
カウンタに座ったオラクルが、ついと視線を上げ「やあ」と声を掛けた。にこり、と笑う――インターフェイス。
オラトリオの知るオラクルと寸分違わぬ、けれど拭えない異質さを感じさせるグラフィック。
「よお」と不機嫌そうに応えてオラトリオは彼に歩み寄った。
「悪かった」
云われてオラクルは、微笑んだ表情のまま不思議そうに首を傾げた。
紅のトルコ帽を右手に、反対の手でがしがしと金髪を掻き乱す。――困る。
「あいつは何処だ?」
柔らかい表情に変化はない。
「下に」
端的な答えに、やっぱりか、と溜息を一つ。ペンをもつその人の手に手を重ねると、ふいと溶けるようにCGが掻き消えた。
そしてその後を追うようにオラトリオも転移した。




暗く冷えたその場所に、オラトリオが降り立つ。
と、と軽い音を立てて着地した基面は、一面のケーブルに覆われている。剥き出しのそれらが集まり、緩やかに隆起した場所に、ちらちらと白い色が見えている。ケーブルに埋もれた探し人の肌。
身を屈め、その色に触れると、やはり冷たい。しろいしろい面の、まるで陶器の人形か、死んでいるようにも見えるその頬。
常であれば表情豊かであるはずのノイズが、その移ろいの微かさで仮死を示している。

「――オラクル」

一声。
その呼びかけを合図に、ノイズの流れが変わる。徐々に加速され、普段の穏やかさを取り戻す頃に、ゆっくりと睫毛が動いた。
薄い唇が開いて、ほう、と吐息を零す。白い瞼が開いて自分を映すのを、オラトリオはじっと待った。
どこかまだ焦点の合わない瞳が、瞬きを繰り返して確かさを取り戻そうとする。
「オラクル」
もう一度呼ぶと、ようやくオラトリオの姿を捉えてオラクルが笑った。
「オラトリオ」
ほろほろと芙蓉がほころびゆくような甘い笑み。
「帰って来たんだね。気付かなくてごめん」
云いながら身を起こすと、ずるずると四肢に絡んだケーブルが解けた。
一定の長さしかないそれらはオラクルの身体と同化していて、基面とオラクルの身体との距離が開くにつれ彼から抜け落ちていく。
重ねられていた映像が分離されていくたび、ちりちりとその像が揺れる。ローブのノイズ、アンダーの黒、素肌の白。様々に色を映しちらつかせながらようやくただの灰色のケーブルになり、たわんでぽとりと落ちていく。
―― 一体どれだけ深く同化してたというのか。オラクルの動作自体は滑らかで、ケーブルなど意に介さない様子であるけれど。

その異質さを彼は理解しない。CGしか持たぬプログラムは、確固とした輪郭を、世界と自身の境界を経験しない。

上体を起こしきったオラクルに、オラトリオは手を差し伸べる。
ありがとう、と笑みかけて白い手を伸ばしたオラクルに、けれどオラトリオの体がびくりと一瞬引いた。
「オラトリオ?」
オラクルが不思議そうに首を傾げる。
「いや――ほら」
促すと素直に手をとり、引かれるまま立ち上がる。その拍子に、座標の変化に視覚に一瞬のずれを生じさせてオラクルがよろめいた。
それをオラトリオに支えられて、もう一度ありがとうと少し高い位置にある相棒の顔を見上げた。墨色の世界に浮かび上がるような白い肌。広い襟元から覘く首筋。淡く笑みを刷いて、あどけなく開いた朱唇。まだどこかぼんやりと覚束ない表情をしている。
その一つ一つが、どれ程扇情的かオラクルは知らない。
抱きとめたオラクルの身体は少し冷たい。
それをどうにかしたくて、繋いだ手に指を絡めて引き寄せた。
不思議そうな顔をしながらそれでも抵抗なくオラトリオの腕の中に納まったオラクルは、もうひとつふたつ瞬きをして眼を閉じた。
安堵したような、伝えてもいない何事かを了解したような落ち着いた表情で、「あたたかい」と呟いた。
「あったかいね、オラトリオ」
別に返答を求めて口にしているのではない。独白に近いただの感想。
「気持ちがいい」
「…こんな冷たいところにいるからだ、馬鹿」
電脳空間で、空間統御者に対して温度も何もない。それを承知でオラトリオはそう云い、オラクルもそれには触れなかった。
オラクルがオラトリオの胸に額を寄せて、馬鹿はひどいなぁ、と笑うから、繋がないほうの手でオラトリオは彼の髪をくしゃくしゃに撫でた。





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人間ならば、「眠り」と呼ぶであろう状態。
そう、ヒトをひやひやさせといて、オラクル寝ーてーるーだーけー(笑)
でも、それは休息ではなく、ある種の拒絶であり思考調整の結果でもあります。
ネガティブな感情を封じるためのネ。無自覚なあたり調整効いてます。
しかし所詮直接の原因はオラトリオの長期不在(腐)
寂しいとかね、感じたくないんです。連続性のある思考を拒絶するための眠り。
だから、にーさんの「悪かった」になるのです(爆死)

ちなみにオラクルが寝てたのはプライベートルームです。
まだ寝るときはベッドというもので眠るものだということすら知りません。
その辺、オラトリオとの「どっかゆっくり休めるとこないか?」「プライベートルーム使っていいよ」みたいなやり取り(←御令嬢とか師匠とか煩かったと思われます)から発覚。にーさん唖然茫然。
オラクルにとってはじめから持っていて本当に「私」である部分は其処だけであるにも関わらず、彼にとっては単なる格納庫扱いだったりします。ファイルを分類するフォルダーと同じ。
でもそのうちオラトリオが色々作り直してくれるんじゃないでしょうか。彼も使うわけだし(笑)
とりあえず、オラクルをベッドで寝かせるのは大仕事っぽい感じです。
機械的な彼が書きたかった…。

でも、誰か来るのに併せてインターフェイス起動させて、それに対応させるのは流石に悪趣味だと思うよ、オラクル。そこまで考えてないにしても。